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深圳(深セン)のスタートアップ環境を見学して受けた衝撃について

高須正和さんのニコ技深観察会に参加させてもらいました。
いくつかのことに衝撃を受け、まだ落ち着きませんが、思ったことを書いてみます。
深圳やツアー自体のことは、高須さんが本を書かれています(メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない)し、参加者のブログのまとめにありますので御覧ください。

詳細な一瀬卓也さんのレポートShinzhen Open Innnovation LabのDavid Leの講演HAXの講演(音声遠いです)で、ツアーのかなりの部分が再現されると思います。HAXは去年のものも見つけましたが1年で結構変わっていました。

1. 分業と市場

私の受けた衝撃は、結局は深圳自体にではなく、これまでの自分のやり方の限界に薄々気づいていたけど、それをはっきり見せつけられたというのが本質のようです。

私は器用に何でも自分でやる方で、機構、電子回路、制御、物理エンジン、コンピュータグラフィクス、Webシステムなど、詳細まで中を知った上で、自分で1から作ることを基本にしてきました。
NIH(Not Invented Here)症候群とも呼ばれるやり方ですが、自分で作ってみて初めて納得するというやり方は、理解を深めるには良い方法です。
ライブラリやOS、ICはもちろん使いますが、中を理解した上で使うことを基本にしていました。このやり方は深く理解している分良い物ができます。全体を細部まで見ているのでどんな問題にもすぐ対処できますし、限界もすぐ分かります。あることを研究したければ、必要な技術を一通り身に付けるべきだという信念は今も変わりません。

けれどもこのやり方はデザイン思考でのイノベーションには向きません。全部自分でやるので時間が掛かりますし、多くの階層を同時に相手にすることになるため、上層での問題解決に気づきにくくなることもあります。
仕組みは気にせず、既存のライブラリの仕様と使い方だけ覚えて、適当なスクリプト言語で繋ぐ。マイコンボードもモータドライバも、一から起こすのでなく既成品を繋いで済ませる。こういったやり方には気持ち悪さを感じますが、使えるものは何でも利用して早く作り上げないと、せっかく思いついたアイディアが世に出ずもったいない。専門と違うからといってアイディアを諦めるより、さっさとプロトタイプを作りKickstarterに出してみて世に問うというやり方のほうが良いという証左を見せつけられた気分です。
せっかくアイディアがあっても専門と違うために捨てるということが、研究者の世界では沢山起きている気がします。他の人と協力して1年くらいでものにしてさっさと次に行くことができるなら、自分の研究が進まなくても世のためになるでしょう。

当たり前のことですが、世界には沢山の人々がいて分業できるので、上手く切り分けた方が上手く行く確率が上がります。他の人が作った世界一の成果を使わせて頂いて、自分の担当部分を世界一にして他の人に使っていただく方が、全部自分で作って満足と安心をするより効率が良いわけです。このやり方で深い研究ができるかは疑問ですが、深圳で起きている市場経済と技術の分業の到達点は無視できないと思いました。

深圳観察で分かったことは、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアもオープンな市場で流通してしまえば、オープンソースソフトウェアのようにコミュニティができてどんどん進歩していくということです。そのためには、需要が必要ですが、深圳には消費者に独自ガジェットを売る市場ができていて上手く動いています。
日本では大企業が作った完成品だけが消費者に売られ、秋葉原で部品やキットを作るのは趣味か教育目的だけという状況が続いていましたが、深では山塞(山賊のすみか)と言われるスマフォやタブレットなどハードウェアの海賊版が売られていたそうで、小企業が消費者に製品を売るという市場ができていたようです。
今回は山塞は見つけられませんでしたが、アクションカメラやスマフォのアクセサリー、モビリティ、玩具などにはオリジナリティの高いものが沢山ありました。

2. 起業を支援する企業HAX

もう一つは、投資についてで、こちらは不学だったと後悔しています。銀行の本来の役割が、事業を評価して、行うべきか止めるべきかの判断をすることだとは知っていましたが、ベンチャーキャピタルの中でも最初期の段階に投資するエンジェル投資家が、起業家を助け、支えることまでは知りませんでした。自分の資本を出して当事者になった上で、事業成功のために働くわけです。さらに支援に注力した仕組みをアクセラレータと呼ぶようです。アクセラレータは沢山の事業提案の中から、上手く行く事業=何らかの価値を生み出す事業を選び出して、その事業に投資することで当事者になり、事業を成功させていくわけです。
今回、HAXという、深の中心の華強北にあるハードウェアスタートアップ専門のアクセラレータを見学できました。HAXはKickstarterに出す前の3名程度のチームに株の9%と引き換えに投資と支援をします。HAXにはマーケッティングとデザインのチームもあり、起業家のアイディアと技術を補間します。私には起業しながら学ぶことのできる場に見えました。
HAXの方法は大企業が既にある事業の継続や改良を行うのと比べると、責任(投資)の範囲を明確化した上で大きなチャレンジができるはずです。HAX(のメンター)自体はアドバイスや支援はしても事業の主体は起業家なので、HAXは経験を活かして多くの事業を平行して進められるのだと思います。

ある考えを広めるための方法として、論文や著書や講演は良い方法だと思いますが、これだと自分で事業はできません。会社で働くと手出しはできるが考えられず、起業すると両方できるけど一つのことに集中せねばなりません。
起業家が成功した後どうするのかに興味も持っていませんでしたが、アクセラレータになって多くの事業に関わるというやり方を今回初めて知りました。HAXは世界初で最大のハードウェアアクセラレータだそうですが、前述の状況がシリコンバレー資本のHAXを深に引き寄せたのでしょう。年30件採用/1000件応募だそうですので狭き門ですが、最高の場だと思いました。起業家はプレゼンしている場合ではない、プロトタイプを作るために時間を使うべきだという言葉には、日本は技術者と経営が乖離していると感じている身には羨ましい限りでした。また、(大当たりする)ユニコーンのことは忘れよう、投資家はコックローチを探すべきときだという言葉にも感激しました。小さな発明でも小さく事業化して社会に還元しないともったいない、先進国(深を含む)はそこもやらないと、と近頃思っていたので、意を得たりと強く同意しています。

3. スタートアップを支えるSeeed

Seeedは、ハードウェアスタートアップからの受託開発を請け負う会社で、試作、小ロット量産、大量生産、宣伝を英語で受注する会社です。自らも2008年創業のスタートアップで、ハードウェアスタートアップに必要なことを熟知した上で、どの段階からでも請け負うという心強い会社です。現地に行って対面で協働する必要はありますが、すべて英語でできてしまいます。中国の現地生産とHAXが呼び寄せる国際的なスタートアップの間のインタフェースを一手に引き受けているのだと感じました。
また、Seeedは自らオープンソースのハードウェアを多数製品化しており、趣味・事業にかかわらずMakerを支えています。ここでもオープンソースへのこだわりを感じました。著作権と特許で技術流出を守る欧米日に対して、苦労しながら追いついてきたわけですから、ここでは、GPLとオープンイノベーションこそが正義なのだと思います。逆に市場までの距離が遠く、囲い込まないと回収できない技術には手が出せないのかも知れません。

4. 投資家、産業界、政府が一体となって進めるスタートアップ支援

では人件費の高騰で単純な大量生産の工場はより奥地に移転して行くという状況が続いているところに不況が拍車をかけ、新製品開発力が何より大切という認識が広まって創客(=Maker)を重視していました。最近1~2年の間に深には、DMM.makeのようなMakerスペースが沢山できています。華強北の電子部品の商業ビルSEG(賽格)の上層階には、家賃大家持ちのMaker Spaceがありました。Maker Spaceのような環境自体は日本の大学にもありますし、DMM.makeも販売・流通まで支援していて素晴らしいと思いますが、深ではそこに投資家が2週に1度くらい来てスタートアップの候補を探しているそうです。
私の勤務先の大学でも、デザイン思考に基づく問題解決やものづくり教育と、アントレプレナーシップ教育が行われていますが、両者はまだ連携できていません。会員になれば誰でも自由に使える場で投資家が入り込んだ先進的な取り組みがされているのを知って、今から何をするのがよいのだろうかと考えてしまいました。
大学発ベンチャーのためのインキュベーション施設は、十数階建ての高層ビルが10棟近く大学の目の前に建っている状況でした。しかも、高性能独自設計マイコンボードとクラスタコンピューティングで始まったスタートアップが、自転車のホイールで動画再生をする電飾というコンシューマ向け製品の開発を始めていました。
こういった、官民挙げてのスタートアップ支援の全体像は、Shenzhen Open Innovation Lab での David Liの講演 https://www.youtube.com/watch?v=KmUrQtWbPrg を聞かせて頂いて理解できました。

5. 自分はどうしたら良いか

時間をかける価値があると信じるアイディアには、今まで通り研究としてじっくり取り組むので良いと思います。けれど、そうでないアイディアで勝負したいときや、そう希望する学生が研究室に来た時には、スタートアップなどそれに最良な道で進められるようにしておきたいと思うようになりました。
例えば、自分の研究で一番に思うのはぬいぐるみロボットの機構です。新規機構が研究・論文化され、デモロボットがメディアに取り上げられても、その研究者がやめてしまうとそれっきりで誰もそれを作らないということがあるように思います。数十年後でも価値を持つような原理ならばまだ良いのですが、使える材料や需要の変化もあるので今だからこそという機構もあります。とくに、設計制作に標準外のスキルを必要とする機構は、なかなか再現して試してもらえません。また、ロボットには、機構だけでなく回路や制御が必要で、更にその上にソフトウェアを積み上げないと実用になりません。ソフトの研究者には一からハードウェアを作ること、それを動き続けるようにメンテすることは荷が重いので、市販のロボットやセンサなど一部だけを作って研究するということになりがちです。そのため、ロボット向けの新規機構研究に意味を持たせるためには、大きな研究グループを組むか、その機構をソフトウェア研究者が購入できる状態にしなければなりません。そして、市場による効率化が働くのは後者だけです。
もちろん、機械要素の研究など、計測や試験のための技術や設備が必要になり、大学や大企業でしかできないこともあります。月並みですが、課題に適したやり方で研究開発を進めるのが良く、その選択肢として深、HAX、Seeedを知らないのは危険だということが、私の結論です。HAX、通ると良いなあ。